猫とコタツと日々徒然

好きなゲーム(ドラクエ10など)やあとは日々のあった事とかそういう日々のことをかいてます(*´∀`)

回想録

みなさん、こんにちは( ¯﹀¯ )/+*
今日も今日とて、コタツでみかんを頬張る銀猫です!
今日は、とても風が強くて洗濯物が心配です…

さて、ともあれ書いていきましょう!

とりあえず、私に昔何があったとか諸々を回想録というくくりでかたっていこうとおもいます。
こんなことあったんだなぁと、思う程度でみていただけるとこれ幸いです( ー`дー´)



さて、とりあえず幼少期のことでも書いていけたらとおもいます。

私は、物心ついたときにはもう父はおりませんでした。
母からは、死んだのよと教えられ十数年…ひっくりかえすと、なんと離婚だったとか。
まぁ、そんなことは些細なことなのでいいのですけれどね。

今の私とそう年齢の変わらない頃に、母は私をうみましてシングルマザーだったわけです。
昼夜働いたりして、女で1人で育ててくれました。

そんな母は、実は精神疾患を抱えつつも、薬をのみのみ私をくわしてくれました。
ですが、まぁそのせいか、仕方ないとはいえ暴力的だったり、ヒステリーだったり、とにかく神経質だった訳です。

いやはや、思い出すとすさまじかったなぁとおもいます(遠い目)
でも、女で1人で育ててくれたことに感謝しているのは間違いないですよ。

その後遺症といっていいものかわかりませんが、私にはその幼い頃から将来にも至って困る癖がついてしまったのです。

『 怒られないように行動しようとするが故に失敗する 』
という、癖です。

そのせいで、逆に空回りして結局怒られる。
要するにぜんぶ空回りしてしまうわけですね、それで度々勤め先ではパニックやら、色んなミスに繋がったわけでした。

勉強についても、母に聞くと言ってることがわからず聞き返すと『なんでわからないの!』と怒られる続けたものです。
成績は、もちろん勉強嫌いだったので最下位位に近かったわけで(遠い目)


と、ここまで話しましたが母の名誉のため補足しておくとですね。
統合失調症というのを母は、患っています(今現在も)。

それで強い薬をのみながら、朝夜働いて、女で1人で私を育ててと…苦労は耐えなかったとおもいます、はい。

だからこそ、人の心の動きに敏感に昔からなっていた私なのでした。



さて、長くなってしまいそうなのでまた次回!
回想録2にて、書かせていただきますねー!

ではでは、みなさんお身体の管理には注意してくださいね( ´艸`)